音楽学校 アルファノートミュージックスクール ~立川・国立で楽器を習う~

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講師ブログ

ピアノ講師:林田明子

作曲家の交流

2026/03/13

こんにちは!
ピアノ講師の林田です🎹
あっという間に3月ですね!
ここ数ヶ月ほど窓際に寄らなかった我が家の猫たちが、窓辺で日向ぼっこをするようになり春を感じ始めています🌸🐈

さて!今回のブログでは、作曲家の交友関係についてです。
同じ時代を生きた作曲家が複数いますが、実は交流のあった作曲家たちが結構います。
今回は割と有名な組み合わせをほんの少しだけ解説したいと思います。

◎ショパン🤝リスト

個人的にこの2人は有名かなと思いますがどうでしょうか?
ショパンは1810年生まれ(1809年説もあるようですが)、リストは1811年生まれで年齢も近く、それなりに親密だったようです。
クラシック界において偉大なこのお二人方が、ほぼ同じ時期にお生まれになっている事もビックリです…笑

ショパンはエチュードOp.10をリストに献呈しており、逆にリストはショパンの歌曲を編曲していたりと、音楽を通しお互いをリスペクトしていた事も伺えます。

🎶革命のエチュードOp.10-12(ショパン)

🎶乙女の願い(ショパン/リスト編曲)

因みにショパンが約10年ほど連れ添ったジョルジュ・サンドという女性はリストの紹介だったそうですが、リストの元カノとも言われており。。。
元カノ紹介したんかい!と、ちょっと面白いエピソードだなと思っています。笑
 

◎シューマン🤝ブラームス

出会いはシューマンが亡くなる3年前、ブラームスの演奏を聴いたシューマンが高く評価し、ブラームスを世に広める働きをしたことで知られています。
この働きにブラームスは深く感謝し、またブラームスもシューマンを尊敬していたことから非常に良い師弟関係であったことが分かっています。
翌年、シューマンが精神病院に入院した際もブラームスはすぐに駆けつけており、シューマン一家とシューマンの妻クララのサポートをしていたそうです。
シューマンの死後もクララとは生涯親交があったらしく、ここら辺はブラームスとクララの間にもいろんな噂や説がありますが…真相は分かりません(^-^;
何にせよシューマンがこの世を去るまでの短い3年間で、現代にも伝わるほどに良い師弟関係だったということは分かりますね。
 

他にも交流があったとされる作曲家たちは結構いますが、音楽性の違いなどからあまり仲良くなれなかったパターンもあったようで…
因みにシューマンとリストはそのパターンのようです😂

調べていくと音楽の世界は広いようで狭く、いろんな人たちが繋がっており非常に面白いです。
本当はもう少しブログに書きたい話もあるので、またどこかのタイミングで書けたらなと思います。